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太陽は一人ぼっち

     

 
 
 
 
 
 

私たちは「馬と旅する」ことを主張します。

私たちは、旅の原点とも言える、「古代のキャラバン」、のような旅を目指します。

だから、

私たちの旅は旅先地域に密着し、様々な触れ合いが自然に始まります。そして私たちは、古の旅人のように旅そのものに止まることなく、常に旅の先にあるものを見つめています。

それは、

インスピレーションだったり、希望だったり、自己発見だったりします。

それは様々な形で現れるかもしれません。

人生が変わる旅。

この類の言葉はなぜか安っぽく見えます。努力して手に入れた人生は簡単に変えようとしませんし、努力せずにここまで至った人生はそれを変える力もないはずです。

人生を変えるほどの力を持てるのは、アートしかありません。

だから、私たちの旅は、

アート的な感性を持たせ、「原点」と「スピリッツ」に触れます。

そして本当の意味の美しいものを見せたいです。

それは敦煌の壁画芸術だったり、霞の中の古代王国の廃墟だったり、大地の裸の姿だったり...時には、人々の生の暮らしそのものだったりします。

何より、馬の背から見る世界は美しい。

起伏が続く大地に雲が影を落とし、陽射の翳りに大雁が群れを成す...

として時には、風となって時空を駆け抜けていきます。

奔流の旅で得られるものは、

決して何枚かの見慣れぬ写真や自慢話しではありません。

作者  | 2012-7-25 11:34:24 | 阅读(553) |评论(0) | 阅读全文>>

〈唄〉我らのシルクロードの旅

2012-6-9 16:10:08 阅读601 评论1 92012/06 June9

これは、2006年夏シルクロードの参加者たちで言葉を出し合って作った歌です。この頃、この歌を思い出して、よく胸の中で歌っています。苦しい時に、この歌は僕のこころの支えとなっています。

〈蒼々シルクロード  Song for 48 people〉

遠く遠く あこがれの空 目差して進む 僕らの旅

上海ネオン 街をぬけたら 満天の星に 涙がホロリ

せわしない 日々から ぬけ出して

今日もゆったり まどろみの中

僕の心 空っぽにして 出会える全て つめこんでゆこう

広すぎる イリ草原 遠すぎる地平線

こんなに ちっぽけな 僕だけど 決して一人じゃない

<サビ>

風になって 鳥になって

僕らなら どこまでも ゆけるさ

両手つなぎ 輪になろう

君に会えてよかった ずっと忘れない

澄んだ瞳 ウイグル美人 お酒大好き おっちゃんたち

人なつこい笑顔に会えて 心の扉 ひらかれてゆく

小さな灯 1つ囲んで

こんなあったかい 気持ちになれる

どんな風に生きてゆこうか

気持ち1つで 変えられるはず

がたがたのじゃり道も ぐらぐらゆれる つり橋も

君が君らしく歩くなら きっと超えてゆける

*サビを繰り返し 2回

作者  | 2012-6-9 16:10:08 | 阅读(601) |评论(1) | 阅读全文>>

なぜ馬と旅?失われていた旅の形を、今に蘇る

2012-4-7 19:35:35 阅读1529 评论1 72012/04 Apr7

 馬と旅。現代にない旅の形。エコだとか、人間形成において大きな意義なあるとか、遊牧民支援の意義があるとか、様々なメディアにも取り上げられました。「奔流」もウェブページのあちこちで書いてありますが、返って経験していない人が、一体なんなの?ってわからなくなっているようです。ここで、私は自分の現場での経験と若者たちとの接触の中で感じたものを、「馬の上から見た世界」、「遊牧民の誇りを甦らせよ」、「若者よ、今と向き合え」、「人と馬がひとつになるということ」四つにまとめてみました。ちょっと長いですが、旅の参加をご検討している方はぜひ一度お読みください。以下:

「馬と旅」その1

~馬の上から見た世界~

シルクロード天山北路。ここは馬にのみ適した場所だ。広大な草原に轍はひとつもない。馬が存在したからこそ、古代シルクロードの中でも、この地はもっとも古くから栄えた。また馬の存在で、ここは世界史の軸を突き動かしてきたのだ。鐙がぶつかりあう金属音の中、かつての文明はまざまざと蘇ってくる。

馬の上では、歴史の角度から見ても、哲学の角度から見ても、或いは芸術の角度から見ても、今までとはまったく異なる世界が見える。それは、二本足で地に立つ者には到底届かない世界である。馬の上では、あなたは、何かと無理に探し、何かと求める自分をわざわざ表現する必要はなくなる。ただただ、馬に乗り、人類のもっとも偉大な道を進めばよい。そして自身の信念にひた向くこと。そこで多くを悟るだろう。たとえば、進化していくものはかならずしもいいものではない。またたとえば、無理して求めたも

作者  | 2012-4-7 19:35:35 | 阅读(1529) |评论(1) | 阅读全文>>

2012年夏、募集開始のご挨拶と新規企画のご案内

2012-3-17 12:42:59 阅读960 评论0 172012/03 Mar17

  

  

この度は、奔流中国にご関心をお寄せ頂き、誠にありがとうございます。

  奔流中国は1996年に海外の学校との相互訪問、草原や中国奥地に生きる人々の生活支援、異文化交流を目的にスタートして以来、馬で旅する、参加者の自主性と個性、そして一人ひとりの自由を大切にするなど企画のコンセプトに大変ご好評いただき、これまで総計7000人を越える有志を募ってきました。参加者のみなさんが「奔流」企画に魅力を感じるのは、旅のコンセプトがもちろんのこと、本物の旅へのこだわり、一般の観光を遥かに超える旅のスケール、そして何より遺跡めぐり、乗馬、随所の交流の時間、さりげない社会貢献?ボランティア体験など様々なことが一度の旅の中で体験できる「奔流」ならではのバエリティにあると思います。

  2012年夏には、「モンゴル乗馬キャラバン」、「中国シルクロード~古代文明とその今を辿って」、「チベット秘境の旅」など定例企画に加え、本格的な馬との旅「グレート?キャラバン」企画第三弾、そしてとにかく沢山乗馬したい、馬のスピリッツに触れたいという方々のために、「モンゴル乗馬学校」企画を新設しています。社会人の方々のご要望に応え、飛行機利用の6日間日程も充実してきました。片道だけの利用なども細かく対応できる用意があります。

  締め切りは六月下旬ですが、コースによっては、満員次第となるものもありますので、お早めに資料をお取り寄せ、ご検討ください。ご質問がありましたら、気軽にメールなどでご相談くださいね。

  ぜひこの夏に、壮大

作者  | 2012-3-17 12:42:59 | 阅读(960) |评论(0) | 阅读全文>>

~旅で、希望と勇気を~ 「奔流中国」の旅への誘い

2012-1-10 12:20:38 阅读702 评论0 102012/01 Jan10

草の上に寝そべって地平線まで広がる星を数える、そんな幼き頃の素敵な夢は、大人になって遠ざかっていませんか?コンクリートだらけの都会の中、苦しく感じたことはありませんか?至るところに商品が氾濫し、そろそろ自分の心の空間がほしいと叫びたくなる時はありませんか?こんな時に、そうだ、モンゴルへ。何もない大草原へ、行こう。

萎んでいく日本にいるだけでは元気も気力を無くしていませんか?就職やらインターンやらありきたりのことばかり考え若者らしい挑戦と冒険の意欲を失っていく自分に苛立っていませんか?そんな中隣り日々躍進している国中国に後れを取ってしまうことを恐れながらも一向立ち向かうものがなくひそかに怨んだりしていませんか?そんなあなた、まず自らこの元気いっぱいな国中国に足を踏み入れてみなさい。希望に燃えろ!

進路に悩み、人生に迷い、だれかに相談したい時や、自分と同身大の仲間から刺激を受けたい時はありませんか。この旅で、あなたにとってかけがえのない旅の友がたくさんできるはずです。どんな時でも応援してくれる親友が、この旅でできるはずです。

馬に乗り風となって大草原を駆けてみたい方、今一番ホットな国中国について深く掘り下げたい方、国際交流とボランティアに興味のある方、一味違う旅の体験をしてみたい方、大学生活に退屈を感じて新たな刺激を求めたい方、そしてアート的な感性を磨きたい方やインスパイアがほしい方は、この旅に集まれ!

この旅の名は「奔流中国」。広大な中国大陸を横断し、馬でモンゴル草原を駆け抜ける。世界で一番標高の高いチベット高原に走る「天空

作者  | 2012-1-10 12:20:38 | 阅读(702) |评论(0) | 阅读全文>>

“人馬一体”は彫刻の最高峰と言われている。“人馬一体”とは果たしてどういったものだろうか。私が馬との一体感を味わったのはシルクロードの敦煌という場所だった。黒い砂粒以外何にもないゴビ荒野。地平線に向かって馬で駆けた時、普段なら途方もなく感じる地平線だが、その時それは猛スピードで自分に迫ってきた。その果てまで行こうというとんでもない野望に燃えた。そして馬も興奮した。自分の思いが馬に伝わったのか、或いは、馬の果てしなく駆けたいという思いが自分に伝わったのかもしれない。馬と一体となった時は、まるで体に化学反応が起きたようで、途轍もない喜びに満ち溢れ、体中を駆け巡った。

今思えば、それは人馬一体を味わった最初の瞬間だったように思う。ただ馬とリズムが合って一つになること自体は決して人馬一体とは言えない。人馬一体は抽象の世界なので、乗り手の感受によってその意味も変わってくる。私がその時に味わった途轍もない喜びは果たして何だったのだろうと、その疑問を頭に抱えつつ、15年間、馬に乗り、旅を続けてきた。そしてある日ふっと思った。その瞬間、私は本当の“自由”を手に入れたのだと。それは何ものにも縛られず、心が完全に自由になった瞬間だった。馬がもっとも尊ぶべき自由の形を見せてくれたのだと。

その尊ぶべき自由の形とは何か。馬を知らない人たちは、自由自在に草原を駆ける馬が自由の象徴だと思っているかもしれないが、それは違うと思う。人間が乗っていない馬は、広い草原にいても草を食べているばかりで、そこまで駆けたりしない。人間が馬を乗りこなして初めて、馬も生き生きし、人間もまた希望に燃

作者  | 2011-11-22 18:01:14 | 阅读(685) |评论(0) | 阅读全文>>

「馬と旅」その3 ~“今”と向き合う~

2011-11-22 18:00:17 阅读377 评论0 222011/11 Nov22

 手に握るのは手綱だが、捕まえたのは、生きるすべだ!

“馬の気持ちを無視しなさい。”私の言葉に日本の若者たちは戸惑ったようにだ。これまで彼らは馬に愛情を注ぐことだけが馬と旅する上で大切な心構えだと考えてきたからだ。しかし、自分の気持ちがくよくよしていては、馬が戸惑い、思い通りに走ってくれない。馬に愛情を注ぐことは大事だが、彼らに欠けているのは自分の確固たる意志だ。馬に乗る際に、その弱さが呈露している。

日本で、馬との触れ合いと言えば、飼いならされた馬を相手に行われ、動物へ相応の愛情を注ぐという行為は子供の優しい心を育てると一般的に考えられている。だが、それはつまるところ、馬でなくてもいいのだ。大自然の中に生きている馬に、優しい気持ちばかりで臨んではいけない。馬と触れ合うのではなく、馬と向き合うのだ。その対峙の中で、今の若者は大切なことを多く学ぶだろう。

その一つは、真剣に“今”と向き合う姿勢があると思う。馬で旅する時は、一瞬の油断も許されない。常に命賭けなのだ。日常生活や仕事では逃げ道はたくさんあるが、馬に乗る時、逃げ道はない。馬と旅する時、“今”と真剣に向き合わなくてはいけない。そして真剣に向き合っているからこそ、大きな喜びに出会えることに気づく。目の前のことに真剣さを失い、先のことに不安になったりして、日々悩む若者たちに、馬の旅で、“今”を掴む大切さを伝えられる。“今”を刻み、それを積み重ねた結果、将来となる。

馬と向き合うことは自然と向き合うことだ。現代のようなオートマティックの時代で、人間の生活空間がデジタル化され

作者  | 2011-11-22 18:00:17 | 阅读(377) |评论(0) | 阅读全文>>

「馬と旅」その2 ~遊牧民の誇りを甦らせよ~

2011-11-22 17:58:32 阅读527 评论0 222011/11 Nov22

激しく変化する季節風の中で、孤独な歩みを続けている遊牧民。私たちは彼らを尋ねた。馬で長い旅がしたい。馬を貸してください。その言葉に彼らは大いに喜び、自分たちの馬を連れて私たちのキャラバンに加わった。

 

日が経つにつれ、彼らと心が通い始めた。彼らの馬上の姿は、気高き騎馬民族の誇りを見せてくれた。彼らもまた僕たちと共に過ごす中で、希望を取り戻したようだった。遊牧民の馬を見る目に変化があった。それまで嘆きの目は輝きを取り戻し始めた。

 

大草原で暮らす遊牧民族は古来、馬で家畜を放牧し、自給自足の生活を行っていた。しかし近年、市場経済の嵐と外部の観光客が持ち込んだ物質文明によって、馬はそれに憧れ、馬と遊牧生活をやめ、草原を去り、街へと流れていく。しかし、騎馬民族にとって、馬を手放すということはすなわち、そのアイデンティティを放棄することと同じである。騎馬遊牧の誇りは現代文明の波の中で無惨に潰されているのだ。

 

騎馬民族は誇り高い。“助ける”“守ってあげる”のようなボランティア的発想を持っていては、彼らは私たちを受け入れるはずがない。同じ目線に立ち、彼らの苦労だけでなく、その喜びも知ることが大事だ。現代文明の中に暮らす私たちは、旅の手段に自動車ではなく、敢えて馬を選択する。そして、馬のスピリッツに深く共鳴することで、彼らはその大きな誇りを取り戻すに違いない。その事実は現代の価値観の中、遊牧民自身の騎馬文化に対する諦めを止める意味がある。また、現代人の騎馬文化への再認識にもつながる。草原をり、遊牧民を救

作者  | 2011-11-22 17:58:32 | 阅读(527) |评论(0) | 阅读全文>>

「馬と旅」その1 ~馬上から見た世界~

2011-11-22 17:57:25 阅读376 评论0 222011/11 Nov22

シルクロード天山北路。ここは馬にのみ適した場所だ。広大な草原に轍はひとつもない。馬が存在したからこそ、古代シルクロードの中でも、この地はもっとも古くから栄えた。また馬の存在で、ここは世界史の軸を突き動かしてきたのだ。鐙がぶつかりあう金属音の中、かつての文明はまざまざと蘇ってくる。

馬の上では、歴史の角度から見ても、哲学の角度から見ても、或いは芸術の角度から見ても、今までとはまったく異なる世界が見える。それは、二本足で地に立つ者には到底届かない世界である。馬の上では、あなたは、何かと無理に探し、何かと求める自分をわざわざ表現する必要はなくなる。ただただ、馬に乗り、人類のもっとも偉大な道を進めばよい。そして自身の信念にひた向くこと。そこで多くを悟るだろう。たとえば、進化していくものはかならずしもいいものではない。またたとえば、無理して求めたものは瞬時に消えるかもしれない。それは馬の旅と徒歩の旅との大きな違いだろう。馬の旅からあなたが得られるのは、もっとも原始的で、もっともシンプルな概念であり、果てしない野望、また真の自分である。そして本当の自由を得る。それは今までのあなたが知ることのできなかった、心のもっとも深いところにある自由のスピリッツなのだ。

あなたの今までの旅に対する考えを捨てろ。何か国を周ったとか、世界遺産だとか、そんなことは忘れろ。この広い大地を馬で駆ける時、これらは重要でなくなる。風の中で、騎馬民族の錚々たる歴史が聞こえてくる。遠く去っていった大昔の文明が見えてくる。天山の雪溶け水を馬に飲ませ、匈奴の墓を枕にする。ここであなたは、広い空と大

作者  | 2011-11-22 17:57:25 | 阅读(376) |评论(0) | 阅读全文>>

告知:2012年春新企画 ~香港、マカオ、広州、桂林~

2011-11-17 15:05:46 阅读529 评论0 172011/11 Nov17

奔流の旅の後に、一人でまた中国でしばらく旅を続けた。今回の旅から一つ確信を持ち帰った。それは、イタリアの文芸復興と匹敵できるほどの中国の文芸復興が必ず近い将来、つまり我々の時代にやってくるという確信なのだ。実は今回この時期に中国に帰った一番の理由は、この頃の日本の“風土”に抑圧的に感じるようになり、若者の現実逃避や消極的で歪んだ考え方にも無力感を感じたからだ。奔流の取り込みは果たして日本社会を変える力になったのか、意味があったのかと疑うようになってきた。しかし、今回、マカオや広州、ハルピンなど様々な中国の街を訪れて、「奔流」の原点が自分の中に再び蘇ってきた。中国はこれからも「奔流」していくだろう。「奔流」している中国の姿とこの国のスケールを自分しか伝えられないという使命感が再び胸に溢れてくる。日本社会に危機感を、そして若い人たちにベンチャーとアドベンチャーを持ち合わせたある種の「情熱」を注ぎたいのだ。< xmlnamespace prefix ="o" ns ="urn:schemas-microsoft-com:office:office" />

前書が長かったが、そのような想いの中で、一時中止と考えた2012年の春企画を再開しようと決めた。今回は違う形式で催行すると考えた。すべての企画は、夏の「グレート?キャラバン」と同じく、日本の旅行会社を通さずに、直接現地に依頼し、奔流中国独自で会員制で主催することを考えた。旅費は安くできるだけでなく、いろいろ制約を受けず「旅には、形がない」という奔流らしい企画ができるはずだ。何より2012年春の企画では、メイ

作者  | 2011-11-17 15:05:46 | 阅读(529) |评论(0) | 阅读全文>>

 始まりは、五年前に一人彫刻を専攻している日本人女性との出会いだった。高台から眺めた川の景色と、その反対側にあった天山山脈の夕暮れ。帰りに、彼女が馬の上でこんな言葉を発した、“ここには、彫刻はいらない。”

 その時から早くも五年を経つ。今年こそそこでグレートキャラバンをやりたい。グレートキャラバンの動機の一つはそれだった。グレート?キャラバンは目的ではなく、僕にとって単なる第一歩に過ぎない。その場所を世界の人々に知ってほしい。馬で旅するには世界で見てもそれ以上の場所はないのだ。そこで「奔流」の乗馬基地を作り、毎年世界の若者や芸術家たちをつれてそこで馬と旅をしてもらいたい。旅の心を知り、馬のスピリッツを知ってもらいたい。その地を、観光地化されることから守りたい、そして市場経済の波からも守りたい。

 もちろん、それを実現するためには、気持ちだけでは何もならない。今回のグレートキャラバンで映像を撮りたいのがそのためだ。認知を広め、中国の経済界の第一線で活躍しているパイオニアたちに関心を寄せてもらいたいのだ。

 そこからたくさんのものを世界に発信していく。たとえば、ファッション。東方の騎馬文化から生まれる最初のファッションブランドをそこで誕生させたい。馬と旅するという新しい形のツーリズムもそこから発信していきたい,,,

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作者  | 2011-10-22 21:31:15 | 阅读(492) |评论(0) | 阅读全文>>

若者へのアドバイス①

2011-10-16 12:54:34 阅读671 评论0 162011/10 Oct16

今の自分と十年前若いころの自分との大きな違いの一つは、何か行動する時に、いろいろ余計なことを考えすぎる気がする。学生の頃はたくさん考えずにすぐ行動に移る。沢山考えることは悪くなさそうに見えるが、大抵どうでもよいことなのだ。人間で何も考えずにすぐ行動する方が、意外とちょうどよいくらいのバランスで物事を考えているし、プラス志向に物事を考えられる。いろんなことを自然に成し遂げられる。だから最近の自分に苛立つこともよくある。

最近自分のまわりの若い人は、どうも無意味に考える時間が多いように見える。自然とネガティブな考えが多くなるし、単に自意識過剰な時も多い。それはもちろん社会がこんなに複雑に多次元になってきた結果でもいえるし、日本は段々ややこしいものに神経が取られる社会になっている結果でもある。たとえば、個人情報だとか、守る必要ないというわけではないが、考えすぎると、社会のセキュリティ管理としてはいいが、個人レベルでいうと、人間の考えがどんどん神経質になってしまう。あなたが犯罪人を惹きつける何かをもっているのかよ、と思う時もしばしばある。マイケルジャクソンの有名な曲の中に、“だれが私たちのような小人物に気を配ってくれるだろう”の歌詞があって、まさにその通りで(違う意味だけど)、自意識過剰しか見えない時がある。

自意識過剰でも、自己満足的に独りよがりで考えても、それこそ人間一人一人の自由だが、問題は、せっかく若いのだから、経験なきで大した考えができていないのに、若さならではの行動力と冒険のスピリッツも失ってしまうと、生きている世界はどれだけちっぽけなものになる

作者  | 2011-10-16 12:54:34 | 阅读(671) |评论(0) | 阅读全文>>

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