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張宇の直筆直言その二 日本の今の教育への憂鬱  

2010-10-28 10:37:59|  分类: 馬について |  标签: |举报 |字号 订阅

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張宇の直筆直言その二 日本の今の教育への憂鬱 - honryu - 太陽は一人ぼっち
 

 
今日の新聞で、ある人はこんなことを言った。“人材だけは国の財産だ”。非常に同感があった。
 
僕は長年日本で暮らして、日本のことつくづくと言えないのですが、一般の外国国の人より多少理解があると自分は思っている。日本の仲間と一緒にいる時に、あまり日本の悪いところを指摘したりしないように気を付けている。日本は欧米に指摘されてもすんなりと受け入れるのだが、“アジアに指摘されるのがいやだ!”というのがどうしても潜在的にどこかに存在することはだれでも否めない。
 
しかし、日本の教育に本当に憂鬱に感じるし、世界に尊敬されている、あるいは畏怖されている日本人でなくなっている。簡単にいうと弱くなりすぎた。そして今でも気づいていない人は多い。先の話を引用するなら、果たしてどのくらいの人は、“人材”といえるだろうか。人口減るなかで、今なお世界第3位の経済大国を辛じ維持てきているが、それが一人あたりの日本人がどれだけほかのアジアの国の人よりできていなくてはいけないことも同時に意味する。
 
私は今中国を旅して、背骨を冷やすような感じはよくある。たとえ肉体労働をしてる人でも、アルバイトをやっている人たちでも、その目の力の中に、すさまじい向上心とハングリ精神を感じる。時に、彼らは自分と違うのは、単に暮らしている社会の平均収入が違うだけで、自分より何もヒゲを引いていないとさえ思う。
 
自分のことを別にして、日本の大学生をモンゴルの旅に連れて行く際にも、この頃、日本人の変化を感じる。この2,3年なぜか弱くなっている気がする。僕は主宰者なので、あんまり一概には言いたくないのだが、僕は今一番取り込んでいる乗馬キャラバンでは、昔120キロの道のりを99%の学生は馬で駆け抜けることができる。しかし、今は距離を少し短縮したし、私自身の指導力も面倒見の力も、当時と比べるべきもないくらい進歩しているはずなのに、一割くらいの学生が途中車に乗りかえってしまう。
 
体力だけではない。自分からいろいろ考えだすことはできなくなっている。旅行中、乗馬の後、毎日皆を集めて、指導者として少しレクチャーみたいなことを話してから、皆の意見と考えを聞く。昔の参加者では、非常に鋭い、深いことを言ってくれる。また、それをきっかけで、夜やそれ以外の時間で僕と対等で、自分の意見をのべ、いろいろなことについて話し合ったりすることができたのだ。
 
しかし今は、そのミーティングが終わったら、そういったちょっと深みのある内面の話はそれで終了。盛り上がるのは、日本でもありそうな、女の子のおしゃべりや、どうでもよい話だ。少しさびしく感じる時もある。
 
この間、3年前の参加者と会って、彼にそのことを言ったら、彼に喝破された。“ちょうど自分の2,3年あと、日本はゆっとり教育に移行した。その結果ではないか”と。
 
なるほど、と思った。体力落ちたのがとにかく、ゆっとり教育の目的は自由な考えをもち、自由な発想を生むことにもあるはずだが、結果的に、果たして若い人たちは自由になれたかどうか。とても素朴な疑問だが、基礎教育や物理や数学の基本的なことを理解していければ、どうやって自由な考えができる?自然科学は社会学や哲学に通じるし、人間の思考力を高めるものだから。人間が知的、自然科学的な教養が高いほど、より自由になれることさえ忘れたのか。
 
だれがこんなばかばかしいゆっとり教育を実施したのか。本当に鞭で叩きたいくらいだ。今の政治家や日本国民は、駐車違反や、郵政民営化、裁判員制度のどのこうのばかり議論するが、一番大切な教育問題に目を向けない。国民の“質”に目を向けない。
 
親たちも学校教育にタッチしすぎ。学校の教育は先生に任せればよい。先生の能力のばらつきがあっても、偶に体罰する先生がいても、子供を必要以上に思いやる必要がないのだ。それこそ子供の適応能力を高めるし、子供の心が強くなるだけのことだ。家に帰ったら、親としてのしつけを教えればよいし、家庭の中でも、協調性ばかり教えるものじゃなくて、大きな夢を持たせることや、子供に対する期待も寄せる方がいいと思う。それが子供の一番の原動力だから。
 
似たようなことだが、日本で確かに“自由学校”見たいなところがある。友人がそこに通っていたが、自分が見る限りはなんかおかしい。自由というのは、自由になりなさいといって、自由になるものじゃない。心が強くなければ自由になれるはずはない。うわべだけの琢磨に堪えられない自由は、本当の自由じゃないでしょう。すくなくても、昔の日本人は(50代、60代の人たち)、今の人より全然自由に感じるのが私だけじゃないでしょう。
 
僕は旅の中で、いつも感じるのは、本当に自由にできて、想像力のある学生たちは、聞いてみたら、大抵慶応だったり、東大だったり、東京芸大だったりする。(一概にいうつもりはないが、大体なこと)いわゆる学歴の高い人たちは、かれらこそ本当の自由を知っている。自由になれる。自由というのは、自信と自立、責任感を伴うものだから。それに伴わない自由は、それは自由じゃなくて、単なる“散漫”ではないだろうか。
 
そして教育のことも、考えすぎてもいけないので、日本はもともと何もしなればよかったのに。教育携わっている人間になると、まして上に立つようになったり、何かを変えようとする。変えるべきものも当然あるけれど、教育だけはそんなに頻繁に変える必要のないもの。人間は何千年大して変わっていないからだ。教育も自然に任せてほしい。上に立つ人は、“自分の気持ちが何かを変えたい”、それでものを変えたりしないでほしい。本当に人のためになっているかどうかよく考えてほしい。
 
私はこの旅行を企画主催して、似たような問題よく経験する。何度も来ている人は、変えてほしいという。長く携わっている人は変えてほしいという。結局変えたところ悪くなったりする。皆が自分たちの初心を忘れている。自分の気持ちに左右されている。つまり最善というのは、あるわけだから(もちろんある条件の中での最善)、それに辿りついたら、頻繁に変えなくてよい。
 
このようなことは、経営者ならだれでもわかる。だから教育問題でももっと経営者の意見を聞くべきだ。経営者といういのは、一番人間の本質を自然にとらえている人たちだから。教育問題ばかりみてる人は、社会の本質が見えなくなるケースが多い。
 
今日は雨のせいなのかわからないが、文章を書いていると、少し感情を込めてしまったかもしれない。このように外国人に自分の国のことを指摘されると、いい気持ちになれないかもしれない。

ほかのためではなく、単に、この日本、もっと強くなってほしい。僕らは日本を憧れて留学しに来たわけだからこの日本がだめになったら、僕らの青春時代はいったいなんだったのか。。将来、自分の子供たちに、自分の青春時代に過ごした日本を誇り高く語りたいだけなのだ

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